おはこんばんにちは、オタ浜です。
「意識高い系」といえば私が就活をしているころは誉め言葉でしたが、
今やすっかりディスり成分多めの言葉として使われるようになりましたね。
意識高い系のニュアンスが違ってきた背景は、
いわゆる「意識高い系」風な人たちがいちいちプライドと承認欲求が高くて
接していると癇に障るからでしょうね。
そもそも意識高い系の「意識」って何ぞやという話をすると
仕事に求められる能力・知識・経験に対する好奇心
もしくは目標達成への集中力と執念を指すものと解釈しています。
意識高い=プライドが高い
ではありません。
むしろ逆に意識高い人はプライドを気にしません。
私なんぞ足元にも及びませんが、
ガチンコの意識高い系は周りの目なんて気にしていませんし
黙々淡々と仕事をこなします。
「かまちょ」要素ゼロなので
周りからウザがられる要素は基本的に無いんです。
(本人の業績が伸びすぎて妬まれることはあるけど)
「意識高い系ウッザw」といわれる時代になった理由は
意識高い系の皮を被った「プライドが高いだけの凡人」のせいでしょう。
成長にも目標達成にもプライドは不要です。
プライドを捨てることは、今の自分の殻を壊すことにもつながります。
プライドを捨てると新世界が開けるぜ?
成長や目標達成に向けてひたすら頑張るスタンスは歓迎されるべきですし
私も応援したくなります。
みんなが応援した竈門炭治郎は・・・
「プライドの低い意識高い系」でしょう。
「意識が高い」のか「プライドが高い」のかで
その人の数年後は天と地ほど差がついているので
上手く見極めて前者との人脈を広げていきたいものですね。
|
コメント